校長挨拶

「勉強したい仲間が集まって、町や県の教育委員会に働きかけた。・・・初めは相手にされなかったが、何度も何度も通った。」
昭和24年の終戦の混乱の続く中、「教育の機会均等を!」という願いがやっとかなえられた。・・・こうして新しい日本の可能性に自らを託して松山高校の歴史が始まった。
昭和27年の卒業生の手記の抜粋から当時の若者の熱い情熱が伝わってきます。その中には、将来、映画評論家として著名となる水野晴郎さんもいました。
清流高梁川の河畔に建つ本校は「自ら求めて学ぶ」を校是とした働きながら学ぶことができる夜間高校として、60年にわたり数多くの人材を輩出してきました。
これからも夜間高校の特性を生かしながら21世紀の健全な若者の育成に誠心誠意取り組んでいきたいと思っています。
今後も備北地区唯一の夜間定時制高校である本校へのご支援、ご協力をお願い申し上げます。